キャスリング 尼崎城編

阪神電鉄本線尼崎駅から南に300m、3分歩いた所に、尼崎城があります。

車の場合、阪神尼崎駅の地下にある市営阪神尼崎駅駐車場は、約300台、20分100円です。

1617年 近江膳所藩から戸田氏鉄が5万石で入封し、尼崎城を築きました。当時は、四重天守と三棟の櫓があり、海沿いのお城でしたので、「琴浦城」という美しい別名で親しまれていました。

2019年 3月にオープンした日本一新しいお城です。入城料、大人500円です。

西には六甲山、南には阪神高速湾岸線などが見えます。

東には、生駒山、大阪市内が見えます。こうして見ると、なぜここにお城を造ったのかが分かる気がします。庄下川を西の外堀とし、南を海で囲まれた要害です。

本丸は約100m四方の曲輪で、北東隅に4層天守、3つの隅には、3層の櫓(武具櫓、伏見櫓、塩曽櫓)が配されていました。

大坂夏の陣の後、江戸幕府は大坂を直轄地としました。西国支配の拠点とする為に、尼崎と明石の城を造り、岸和田、高槻、淀、姫路を修築し譜代大名で固め、大坂城周辺の守りを固めました。

1617年 近江膳所藩から戸田氏鉄が5万石で入封し、尼崎城を築きました。海沿いのお城でしたので、「琴浦城」という美しい別名で親しまれていました。

1635年 戸田氏鉄が大垣に異動となり、青山幸成が掛川から入城します。

尼崎城の櫓の瓦です。青山氏の家紋の「葉菊紋」が飾られています。

1711年 4代続いた青山氏は長野県飯山城へ異動となり、静岡県掛川城から桜井松平氏の松平忠喬が入城します。

1861年 桜井松井氏は7代続き松平忠興の時代には、新政府に従い徳川氏と別れ桜井氏を名乗ります。博愛社(日本赤十字社)の設立に関わった一人です。

尼崎城の南には、桜井松平氏初代の桜井信定の他歴代城主を祀った櫻井神社があります。

神社の左側には、本丸御殿の棟瓦があります。右側には、尼崎城外堀の石杭句碑があります。

尼崎城から南に400m、5分歩くと尼崎城跡の石碑があります。元々尼崎城があった場所で、阪神高速の高架沿い、尼崎市立明城小学校校庭の南にあります。

戸田氏鉄は、城下町建設の際にお寺を集め、お城の西側に寺町をつくりました。お城めぐりのついでに寄ってみて下さい。尼崎城から西に600mほどです。

肥後大名の佐々成政は、一揆を鎮圧できず尼崎市法園寺にて豊臣秀吉から切腹を命ぜられました。佐々成政の墳墓があります。下町のイメージがありますが、静かな時間が流れる風情ある町並みです。

(おまけ)

建物、石垣工事などを行っていました。(2018月撮影)



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