キャスリング 御着城編

JR山陽本線御着駅から北に750m、9分歩いた所に御着城跡があります。

車の場合は、国道2号線沿いにあります。本丸跡に姫路市東出張所があり、5台ほどの駐車スペースがありました。

1519年 赤松氏の一族、小寺政隆が築城したと言われています。

1575年 織田信長の中国攻めで播磨へ侵攻した際、小寺政職の家老小寺孝隆(黒田孝高)は、織田氏の臣従を提言しました。しかし別所氏や荒木村重と同様に織田信長に反し、羽柴秀吉に攻められます。

落城後は、羽柴秀吉重臣の蜂須賀正勝の一時預かりとなりましたが、廃城となりました。

二の丸の土塁や堀跡が、東のグラウンドの北側にありました。

1802年 10代目福岡藩主 黒田斉清によって、黒田廟が建てられました。黒田官兵衛のゆかりの地として、大河ドラマを思い出します。

山陽道(国道2号)の要衝地として、本丸の内堀、天川を外堀に利用した惣構えのお城だったようです。別所氏の三木城、三木氏の英賀城と御着城は播磨三大城とされています。20分のキャスリングでした。



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする