キャスリング 高嶺城(大内氏館と続日本100名城)

JR山口線山口駅から北に5キロ、90分歩いた所に高嶺城があります。

車の場合は、国道9号線バイパス近くにある木戸神社の横から、山道が途中まであります。画像のように、道が細いので注意して下さい。木戸神社から車で10分ぐらいです。

1556年 大内義長は、標高338m鴻ノ峰に大内氏館の詰めの城として築城しました。

途中で車で登れなくなったので、電波塔のスペースに車を置いて歩きます。主郭まで500mで15分ぐらいで着くそうです。

1557年 毛利元就の防長経略により、大内義長は未完成の高嶺城に拠りましたが、下関の勝山城まで撤退し自害します。

岩場などの山道が続きます。ここであえなくタイムオーバー、引き返しました。

大内氏滅亡後、毛利氏が高嶺城を完成させ、城代として市川経好が入城します。

1569年 大分の大内輝弘は、高嶺城を攻撃しますが、不在の市川経好の妻が陣頭指揮を執り抗戦し撃退しました。

今度訪れた時は、主郭まで行きたいと思います。途中に見えた山口市内の眺望です。

1600年 関ヶ原の戦い後、西軍の毛利氏は減封され、萩城が本拠地となります。

1615年 一国一城令により、高嶺城は破却されます。

麓の大内氏館とともに、大内氏の興隆と毛利氏の台頭という歴史の転換点を感じられる場所でした。麓から30分のキャスリングでした。



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