キャスリング 桑名城編

JR関西本線、近鉄名古屋線桑名駅から東に1.7キロ、20分歩いた所に桑名城跡があります。

車の場合は、柿安コミュニティーパーク駐車場があります。(1日200円)この日は、国営木曽三川公園 桑名七里の私公園の暫定無料駐車場に停めました。七里の渡しと桑名城で復元された蟠龍櫓からキャスリングスタートです!

復元された蟠龍櫓は水門の管理所を兼ねており、2階は展望室と展示室になっています。

1513年 伊藤武左衛門が城館を築いたのが桑名城の始まりと言われています。

展示室は、絵図など当時の様子が想像できる資料が展示しています。

1574年 織田信長がこの地を制し、美濃との境目である桑名を滝川一益が管理しました。

東海道は、熱田神宮近くの宮宿から桑名宿まで海路で渡され約4時間かかっていました。

豊臣秀吉の時代になると、織田信長の三男 織田信孝(三重の豪族 神戸氏の養子になる為、神戸信孝)や一柳直盛などが治めます。

移動距離が約七里だったことから由来されています。当時は51の櫓がならんでおり、船で桑名城が見えた時は「海上の名城」の名の通り、圧巻な風景だったと思います。

七里の渡しから南に歩くと元花街の通りになります。名物の蛤料理屋さんが多いです。北大手橋を渡り桑名城方向に歩いていきます。

北大手橋からは、三の丸の石垣が残され、数少ない桑名城の遺構を感じる事ができます。

1601年 関ヶ原の戦い後、徳川四天王の本田忠勝を桑名10万石を封じました。揖斐川沿いに城郭と城下町を整備しました。北大手橋から東に向かうと本多忠勝の銅像があります。カッコいいですね!

本多忠勝の銅像から南に行くと吉之丸になります。そこから橋を渡り本丸に向かいます。四重六階の天守と51の櫓、46基の多聞が立ち並ぶ壮観な風景だったと思います。

1617年 2代目本多忠政は姫路に異動になり、松平定勝が入城します。

1701年 桑名は大火に見舞われ、天守も焼失しました。その後も松平氏が治めます。

本丸に向かうと鎮国守国神社があります。

1859年 桑名藩主松平定猷が死去すると、松平定敬が藩主となります。兄は会津藩主で京都守護職の松平容保です。新政府から朝敵とされ、戊辰戦争が始まります。

一柳直盛が城主時代に鈴鹿市の神戸城の天守閣を移した神戸櫓跡があります。

交通の要所であった桑名は、戦国時代から幕末まで動乱の時代を生き抜いた地でした。遺構は少ないですが、歴史を知ったうえで歩くだけでも感慨にふける事ができると思います。40分のキャスリングでした。



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