キャスリング 亀山城編

JR関西本線亀山駅から北に800m、11分歩いた所に亀山城があります。

車の場合、多聞櫓横と西に150mの所に亀山公園駐車場があります。いずれも無料です。

西側の駐車場に停めて多門櫓まで歩く途中に、ますみ児童公園があります。SLと亀山公園の案内図があります。整備された広い公園です。奥には三重櫓跡などがあります。

1265年 関実忠が築城し、関氏16代が続くお城でした。

1583年 織田信長の伊勢侵攻で、家臣の蒲生氏郷が入城します。

1590年 豊臣秀吉の従属した岡本良勝が入城し、亀山城を改修します。

多聞櫓は土日祝に一般開放されています。

1600年 関ヶ原の戦いで、西軍の岡本良勝は改易となり、関一政が入城します。

1610年 関一政が鳥取黒坂藩に異動となり、愛知県新城の作手藩から松平忠明が入城します。

丹波亀山城の天守の解体を依頼された堀尾忠晴は、間違って伊勢亀山城の天守を解体してしまいます。

亀山城の本丸は幕府の宿泊所の役割があり、上洛する徳川家康、秀忠、家光は利用していました。なので城主館は二の丸にあった置かれていました。

1636年 本多俊次が入城し、天守を失った天守台に多聞櫓を築きました。

その後、石川氏→板倉氏→大給松平氏→板倉氏→石川氏と城主が目まぐるしく変わります。

1873年 伊勢亀山藩11代藩主の石川成之の時に、廃藩置県となります。

多門櫓の北側には、移築された明治天皇行在所があります。

2007年の三重県中部の地震で多聞櫓の石垣の一部が崩落しました。崩落した部分を調査すると、以前は版築(土を層状に固めたもの)により造られていた事が分かりました。

亀山神社境内には、数々の歴史建造物もあり整備されています。東海道の亀山宿として栄え、交通の要所としても、歴史上でも重要な場所だった事が分かりました。30分のキャスリングでした。



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