キャスリング 勝瑞城編(続日本100名城)

JR高徳線勝瑞駅から北西に700m、10分歩いた所に勝瑞城跡があります。

車の場合は、県道14号線の北側に勝瑞城跡、南側に勝瑞城館跡があります。勝幡館跡に、砂利の広大な駐車場があります。

まずは北側の勝幡城のお堀と本丸を見ていきます。

鎌倉時代初期に、阿波守護の小笠原長清により守護所を造ったと言われています。

1362年 細川頼之は阿波の秋月城を居城としていましたが、勝瑞城に移り細川氏9代、三好氏3代に渡り城下町とともに繁栄します。

昔の海岸線はもっと内陸にあり、紀伊水道を隔てて海路の要衝地としても便利な場所でした。勝瑞城跡には、三好氏の菩提寺である見性寺があります。

阿波細川家も家督争いが起こり衰退していき、重臣だった三好氏が台頭してきます。

防御施設の土塁だけでなく吉野川の堤防の役割を果たしていました。

県道14号線を隔てた南側には、今も発掘調査中の勝瑞城館跡があります。三好氏の居館跡と言われており、金製品、陶磁器、美濃焼などが出土しその繁栄ぶりがうかがえます。

1582年 織田信長の台頭で三好氏の勢力が弱まり、高知の長宗我部元親が攻めてきます。勝瑞城館跡にあるプレハブの建物には、続日本100名城スタンプが置いてあります。出土品やパンフレットなど充実しており、ここに最初寄ってかた北側のお城に行った方が分かりやすいと思います。

長宗我部軍により勝瑞城は破却され、240年続いた歴史にピリオドが打たれます。大規模な城郭はまだ調査中で、発掘庭園の池庭としては日本最大級になります。まだ知られていない歴史が埋もれている事に益々ロマンと興味が湧きますね。40分のキャスリングでした。



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