キャスリング 洲本城編(続日本100名城)

車で、神戸淡路鳴門自動車道洲本インターから東に7.1キロ、15分走った所に洲本城跡があります。30台程が停められる無料駐車場があります。

1526年 三好氏の家臣 安宅治興が築城しました。

駐車場から上ると、馬屋(月見台)があり、見晴しが良いです。

1583年 羽柴秀吉の淡路攻めで、戦功をあげた仙石秀久が入城します。

馬屋から坂道を上がり、石垣を見ながら歩きます。

1585年 仙石秀久が軍規違反で高野山へ追放され、奈良県高取城から脇坂安治が入城します。天守が造られ、石垣の大改修では登り石垣も築かれます。

天正期に積まれたとされる石垣です。まだ荒っぽさがありますね。

その後藤堂高虎が入城、1610年姫路城主池田輝政の三男の池田忠雄が入城しますが、1615年洲本藩は廃藩となり廃城となります。本丸へつづく石段を上ります。

1615年 大坂夏の陣後、徳島藩蜂須賀氏の所領となり、1635年洲本城がまた使われます。

武者走り台と本丸に着きました。模擬天守はこじんまりしていますが、1928年(昭和3年)の日本最古の建造物です。

標高133mの三熊山に築かれた洲本城からの眺めはとても良いです。天守へは上がれませんでしたが、1928年築の最古の鉄筋コンクリート造模擬天守だそうです。

蜂須賀氏の家老稲田氏が城下町を形成し明治維新まで治めます。洲本城から真東を見ると大阪府堺市辺りで、大阪湾一帯の防衛としても重要な地です。

1870年 洲本城下で蜂須賀氏家臣が稲田氏を襲う庚午事変が起きます。徳島藩側が佐幕派、稲田氏側は倒幕派として内紛が起こり、処分として徳島県の淡路島は兵庫県に編入されました。

続日本100名城スタンプは、麓にある洲本市立淡路文化史料館にあります。時間の関係で登り石垣など見れませんでしたが、史料館含めて今度はゆっくり見たいお城です。40分のキャスリングでした。



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