キャスリング 福知山城編(続日本100名城)

JR山陰本線福知山駅の北口から東に1.3キロ、16分歩いた所に福知山城があります。

車の場合は、舞鶴若狭自動車道福知山インターから西に5キロ、10分走った所に福知山城公園観光駐車場があり、駐車料は無料です。

車を置いて橋を渡りキャスリングスタート!と思ったら火曜日は定休日でした。残念。。。仕事の合間に寄ってみたので、次の機会にまた来ます。続日本100名城スタンプは福知山駅前北口観光案内所にあります。

福知山城は郷土資料館となっており、入館料は大人320円です。

織田信長の中国攻めでは、豊臣秀吉は山陽道から、明智光秀は山陰道から攻め丹波を平定します。1579年明智光秀は福知山城を築城し、城代には、娘婿と言われている明智秀満と藤木権兵衛を置きました。明智光秀の家紋である桔梗が綺麗に咲いていました。

標高35mの丘陵に築城され、石垣には多くの転用石が使われています。今日は休みで誰もいないのでゆっくり見る事ができました。

1582年6月 明智光秀の本能寺の変により、明智光秀、明智秀満ともに山崎の戦いで敗れます。

主のいなくなった福知山城は、丹波亀山城主の羽柴秀勝が入城します。その後、杉原家次、小野木重勝が城主となります。関ヶ原の戦いでは、西軍の小野木重勝が田辺城の細川幽斎を攻めますが、東軍の細川幽斎が小野木重勝を滅ぼします。(田辺城の戦い)

発掘された転用石や番所が展示されています。休館日ですがここまでは入れます。

1600年 関ヶ原の戦い後、静岡県横須賀城から有馬豊氏が入城し、福知山城下町を整備しました。その後、有馬豊氏は久留米城に異動となり、亀山城から岡部長盛が入城します。

鯱が目の前に置かれており、歴史を身近に感じる事ができます。

1624年 岡部長盛が大垣城に異動になると、大阪の中島から稲葉紀通が入城します。    1649年 稲葉紀通が自害し、刈谷藩から松平忠房が入城します。20年ほど治めた後、島原城に異動となります。

1669年 茨城県土浦城から朽木稙昌(くつきたねまさ)が入城します。

朽木時代に掘られた井戸は、由良川面、海面よりも低い50mの深さにまで掘られています。城郭本丸内の井戸としては、日本一の深さになります。

松平忠房が建てた記念碑の鉄砲石が置いてあります。

福知山初代藩主の朽木稙昌が、父も稙綱を藩祖として祀った朝暉神社があります。朽木氏が200年の間福知山を治めました。

今日はお城へは入れませんでしたが、また来る口実ができました。福知山駅北口の観光案内所で続100名城スタンプを押して、50分のキャスリングでした。



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