キャスリング 篠山城編(日本100名城)

JR福知山線篠山口駅から東に4.7キロ、60分歩いた所に篠山城があります。

車の場合は、舞鶴若狭自動車道丹南篠山口インターを降りて、東に5.2キロ、12分走ったら篠山城駐車場があります。駐車料は普通車200円です。

1609年 徳川家康は、豊臣氏や西日本の諸大名の牽制として築城しました。二の丸と三の丸の間の3つの角馬出しが特徴です。(城郭検定2級出題)

山陰道の要衝地であった篠山城の縄張りは、築城の名手藤堂高虎で二重の堀でした。穴太衆による石垣を見ながら枡形を進んでいきます。

篠山城の大書院には、100名城スタンプと展示室があります。入場料は大人400円です。

大書院は、1609年の篠山城築城と同時に建てられ260年間、藩の行事などに使用されていましたが、1944年(昭和19年)火災で焼失しました。2000年に復元されました。虎の間や付書院などが見られます。

外から見てみた二の丸御殿跡と大書院です。

お城の南側は埋門があり、非常時にはここの埋めます。埋門の右側には、天下普請だった篠山城の普請総奉行である池田輝政の刻印が残っています。

篠山城の東側、二の丸から一段上がった所に、本丸跡があります。本丸の周囲は隅櫓と多聞櫓がありましたが、御殿等の建物が残っていなかったようです。藩主青山氏を祀った青山神社が建立されています。

本丸跡には、天守台がありましたが、天守閣は江戸幕府の指示により堅固すぎるとの理由で単層の隅櫓になりました。

天守台から東には、篠山城の前身である八上城の高城山が見えます。徳川家康は、松平康重を茨城県笠間城から八上城に移した後に、篠山城を築城しました。

二の丸には御殿だけでなく、庭園もあったとされています。

以後、松井松平家、藤井松平家、形原松平家、青山家の居城を経て、明治を迎えました。

外堀を周ってみました。東側からは小学校があるので天守台を見えませんでしたが、南西側からは石垣が良く見えました。70分のキャスリングでした。



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