キャスリング 観音寺城編(日本100名城)

JR東海道本線安土駅から東に4.5キロ、70分歩いた所に観音寺城跡があります。車の場合は、県道201号線上出交差点から東に向かうと、林道の繖山(きぬがさやま)線に折れると山道に入ります。(※観音寺城の日本100名城スタンプは安土駅前の安土城郭資料館で押しました)

観音寺城とともに観音正寺に行ける有料道路でゲートで料金普通車600円を払います。(8時30分~16時まで)細い道ですが一方通行ではないので注意して下さい。5分ほど走ると駐車場に着きます。6台ぐらい置けます。

駐車場の横には石階段がありキャスリングスタートです!私たちは城攻めで来ていますが、西国札所の観音正寺の方メインぽいですね。

15分ほど登ると観音正寺に着きます。見晴しが良く、京都へ(東山道)と伊勢へ(八風街道)の交通のおさえとして重要です。

築城時期が定かではありませんが、近江の守護六角氏が、標高432mの繖山に築城しました。

日本最大規模の山城とされ、ハイキングコースも整備されています。私たちは車で来ている簡単ルートです。入山料は大人500円です。

605年に聖徳太子がここを訪れ、自分で彫った千手観音を祀ったとされる観音正寺で、キャスリングの安全を祈願します。

大仏の横に観音寺城の入山ゲートがあります。鬱蒼とした夏草が山道を覆っています。ここから本格的なキャスリングスタートです!

1335年の南北朝時代に、南朝方の北畠顕家に備えて北朝方の六角氏頼が観音正寺を砦として築いたのが始まりとされています。

10分ほど歩くと伝本丸跡に着きました。

1352年 観応の擾乱の最中、足利直義は南朝と連合し、足利尊氏方だった佐々木道誉や六角氏頼を攻めました。その際に佐々木氏、六角氏は観音寺城に籠城したと言われています。

行き違い虎口がありました。夏の時期は山ヒル、マムシ、ブヨ、スズメバチなどの万全な対策と撤退する勇気が大切です。

1467年 応仁の乱では、3回の観音寺城を舞台にした戦いがありました。

本丸から更に奥に行くと平井丸虎口、伝平井丸跡があります。

1568年 足利義昭を擁して京都へ入る織田信長と六角氏の間に観音寺城の戦いが起きます。六角氏は観音寺城から逃げて開城になります。スタートから40分で大石垣に到着です。

観音寺城の支城として、和田山城、佐生城、箕作城、長光寺城などがあり観音寺城の戦いでは次々と落城し、勝てないと思ったのか観音寺城を明け渡します。その8年後、織田信長は隣に安土城を築城します。駐車場から往復110分のキャスリングでした。

後日、新幹線から見た観音寺城です。大石垣らしき物がちょっとだけ見えました。



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