キャスリング 伊賀上野城編(日本100名城)

伊賀鉄道上野市駅から北に650m、10分歩いた所に伊賀上野城があります。

車の場合は、上野城の南東に上野公園第一駐車場があります。普通車一日500円です。

1585年 豊臣秀吉の家臣、筒井定次は、伊賀上野に異動となり築城しました。

駐車場から歩いてキャスリングスタートです!

上野城東側の広場には、筒井定次が築城した三層の天守閣がありました。

1608年 筒井定次が改易(筒井騒動)となり、宇和島から藤堂高虎が入城します。大坂、大和、紀伊を抑えるためだと言われています。

駐車場から矢印に従って歩いて行くと、裏門である台所門から本丸に入りました。

藤堂時代の石垣の裏から版築が発見されました。お城の周りは、中国からの観光客で賑わっていました。外国人観光客もなかなか渋い所を観光しますね。

藤堂高虎は、前城主の筒井定次の築いたお城から西に拡張して高さ30mの高石垣をめぐらしました。現在の天守閣は、出身の政治家などの私財で築造した模擬天守となります。

大人500円の入館料を払って登城します。窓口に日本100名城スタンプが置いてあります。

大阪城攻めが失敗した際には、上野城で籠城できるように、徳川家康は藤堂高虎に指示していました。籠城用の井戸は深さ15mぐらい掘り、兵糧の搬入ができるように横へ三カ所の抜け穴を造っていました。

1612年 藤堂高虎が建設中の五層の天守閣は、大暴風雨の為倒壊しました。大坂冬の陣で徳川方が勝利し、天守閣の再建がされないまま幕末まで続きました。

伊賀上野城は伊賀上野産業城として木造になります。これだけでも一見の価値ありです。多くの歴史資料や展示物があり勉強になります。

1615年 大坂の陣後、藤堂高虎は利便性の良い津城を本城として、上野城を支城としました。

標高184mの丘に築城された天守閣からの眺めは良く、伊賀市内が一望できます。

お城の北側の階段から下り、高石垣が見えやすい場所まで行ってみます。お城の北西側が高石垣のポイントです。

上野城の西側から南側に歩いていくと、上野高校があります。

南側の白鳳門から上野城に向かうと、正面からアプローチできます。

1854年 伊賀上野地震が発生し、城内の建物、石垣、城下町などが倒壊しました。先人達の努力により復興し観光スポットとして上野市のシンボルになっています。60分のキャスリングでした。



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