キャスリング 膳所城編

京阪電気鉄道膳所本町駅から東に500m、6分歩いた所に膳所城跡があります。車の場合は、県道102号線(画像のように広い道です)沿いに、無料の膳所城跡公園駐車場があります。

道路を渡り、琵琶湖の方向に歩くと模擬の門があります。

1600年 関が原の戦いで勝利した東軍の徳川家康は、東海道のおさえとして大津城を廃止し、膳所城を築きました。江戸城、大坂城、名古屋城同様に天下普請第一号のお城として、藤堂高虎が縄張り計画した四重四階の天守でした。

1601年 徳川家康は、大津城主の戸田一西を膳所城に入城させ、膳所藩ができました。

1617年 戸田一西の子、戸田氏鉄の時に尼崎藩に異動となり、三河国西尾藩から本多康俊が入城します。その後西尾藩へ再び移動となり、伊勢国長島藩から菅沼定芳が入城、1634年に丹波国亀山藩に異動となります。下総国佐倉藩から石川忠総が入城、1651年伊勢国亀山藩に異動となります。目まぐるしく城主が変わりました。

その後、西尾藩から本多俊次が入城し、13代220年間治めました。

膳所城公園は憩いの場となっており、琵琶湖沿いに石垣が構えられた湖城でした。

京阪電鉄膳所本町駅の東には膳所神社があります。神社の表門は、本丸の入り口にあった城門(薬医門)が残っており、国の重要文化財として膳所城の遺構が見られます。膳所城跡からは西に歩いて10分ぐらいです。

「瀬田の唐橋を征する者は、天下を征する」と言われた重要な場所にお城を構えました。膳所神社と合わせて40分のキャスリングでした。坂本城、大津城、瀬田城とならぶ湖城でした。昔から要衝地である事が分かりました。



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