キャスリング 津城編(続日本100名城)

近鉄津新町駅から東に1.2キロ、15分歩いた所に津城跡があります。

車の場合は、津城南側の高山神社にお参りがてら駐車させてもらいました。藤堂高虎を祀った高山神社社務所に、続日本100名城スタンプが置いてあります。

交通安全、家内安全を祈願してキャスリングスタートです!

高山神社から石垣沿いを歩き東に向かうと、復元された丑寅櫓があります。

1568年 織田信長の伊勢侵攻により、織田信長一族の津田一安が入城します。翌年には、織田信長の弟、織田信包が入城し、五重天守を造りました。

1595年 織田信包は丹波国柏原に異動となり、豊臣秀吉家臣の富田一白が入城します。

1600年 富田一白の子、富田信高が関ヶ原の戦いで東軍につき、毛利秀元、長宗我部盛親の軍に攻められ(安濃津城の戦い)開城します。

お城の西側の庭園方向に歩いています。

1608年 富田信高が宇和島に異動となり、今治から藤堂高虎が伊勢・伊賀22万石で入城します。明治維新まで藤堂氏の居城となります。

広い内堀は今はほぼ埋め立てられていますが、築城の名手藤堂高虎公の築城論理が生かされたお城です。(城郭検定2級出題)

戌亥三重櫓があった石垣と西の丸跡に造られた日本庭園があります。

1820年 十代藩主藤堂高兌は、藩校有造館を創設し、その正門が入徳門になります。

お城の真ん中には、藤堂高虎公の銅像があります。お城巡りをしていると、藤堂高虎はメジャーなお城のプロデューサーであり手腕の高さが分かります。

奈良の都では青山峠、京の都では鈴鹿峠と津は交通の要衝でした。江戸時代の伊勢信仰により、さらに賑わっていきました。

最後は埋門から出て30分のキャスリングでした。



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