キャスリング 敏満寺城編

近江鉄道多賀線多賀大社前駅から南に1.1キロ。14分歩いた所に敏満寺城跡があります。

車の場合は、名神高速道路多賀サービスエリア内にあります。サービスエリア内に城跡があるのは、日本でここだけかもしれません。電車や高速の外からでも、人がサービスエリア内に入れる道があります。

まずは、上り線の多賀サービスエリアの北側(ガソリンスタンドやドッグラン広場がある方)に行くと、敏満寺遺跡の看板があります。

9世紀末~10世紀初頭 天台密教寺院でしたが、室町時代には守護大名の京極氏や佐々木氏と対立し、城塞化した城郭寺院となり比叡山を凌ぐ規模だったと言われています。

ドッグランの広場には土塁らしきものが残っています。

1562年 敏満寺の新谷勝経は六角氏に属していましたが、六角氏と対立した浅井長政から攻められ焼失しました。1563年に復興されました。

1572年 織田信長から寺領の削減を求められましたが、応じなかった為攻められ焼き討ちされました。その後廃城となりました。

こちらの看板は、多賀サービスエリア下り線南側にあります。(ガソリンスタンドの裏で外れた所にありました。)上下線合わせて20分のキャスリングでした。



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