キャスリング 名古屋城編(日本100名城)

名古屋市営地下鉄名城線市役所駅から北に400m、5分歩いた所に、名古屋城二の丸東門があります。

車の場合は、名城公園正面前駐車場があります。普通車30分180円です。

広大な駐車場の敷地内には、篠島の矢穴石と加藤清正の銅像があります。

篠島の矢穴石の隣には、名古屋城の天守台石垣の普請助役の加藤清正像があります。名城正門前の信号を渡りキャスリングスタートです!

名古屋城正門には、かつて櫓門である榎多門があり枡形虎口でした。榎多門は1891年の濃尾地震で大破し、江戸城から蓮池門が移築され国宝に指定されていましたが、空襲で焼失しました。改札で切符を買います。大人500円、中学生以下無料です。

現在の正門は、旧蓮池門を鉄筋コンクリートで外観復元しています。正門をくぐると正門総合案内所があり、日本100名城スタンプが置いてあります。その他に、100名城スタンプは正門改札、東門改札の3カ所に置いてあります。

駿河の今川氏親が尾張進出の拠点として築いた那古野城が起源とされています。

金の鯱の原寸大があります。名古屋城の地図で全体像を把握します。

1609年 前身の那古野城を、徳川家康の九男である尾張藩徳川義直の居城として、徳川家康が天下普請しました。

正門から入った所は西の丸にあたり、国の重要文化財に指定されている西南隅櫓と奥には再建中の名古屋天守が見えます。表二之門から本丸に入る為に、東南隅櫓の方に向かいます。

普請奉行は、滝川忠征、佐久間政実、牧長勝ら4名で牧長勝は縄張りも担当しています。作事奉行に大久保長安、小堀遠州ら9名。石垣は諸大名分担しましたが、天守台石垣は加藤清正が担当しました。

重要文化財の本丸表二之門は高麗門形式で塗籠仕上げです。

普請助役の加藤清正以外に、寺沢広高、細川忠興、毛利高政、生駒正俊、黒田長政、木下延俊、福島正則、池田輝政、鍋島勝茂、毛利秀就、加藤嘉明、浅野幸長、田中忠政、山内忠義、竹中重利、稲葉典通、蜂須賀至鎮、金森可重、前田利光の外様大名が石垣を担当し、4カ月かけて完成させました。

表二之門の左手(西側)、右手(東側)の画像です。内堀は空堀となっていました。

二之門をくぐると、櫓門形式の一之門がかつてありました。そこから多聞櫓があったそうです。多聞櫓は濃尾地震で大破し、一之門は空襲で焼失しました。

本丸御殿も焼失しましたが、平成21年から復元工事が始まり、平成30年6月に完成しました。

本丸御殿に入ります。上洛御殿や対面所など見どころ満載で、豪華絢爛さに惚れ惚れします。

10年の歳月と150億円の事業費で、旧来の材料と工法で再建されました。

鉄筋コンクリート造の名古屋城天守は、老朽化と耐震性の不足で木造復元される事が決まりました。現在は閉館しており、2022年の完成を目指しています。

本丸の東側には、虎口と一之門跡があり、名古屋城最大の石垣の清正石が目を引きます。本来は黒田長政の担当でしたが、巨石だったので名手の加藤清正が積み上げたと言われています。

1612年 名古屋城が完成し、城下町など町割りも行ったうえで、清州城から都市移転の大引越しが始まります。家臣、町人だけでなく、110の寺や清州城小天守も移築されました。大引越しを「清州越し」と言っています。

重要文化財の東二之門です。くぐると空堀に改修の為の石垣が並んでいます。

1634年 徳川家光が上洛の途中で名古屋城に立ち寄りました。

本丸を出て東側の二の丸から見た、重要文化財の東南隅櫓(辰巳櫓)は1707年に修理され、江戸城の鯱が取りついていた事などが分かっています。

東南隅櫓の近くには、加藤清正公が石曳きの音頭を取っている像があります。石垣修復工事は気の遠くなる作業ですね。

1865年 14代徳川家茂が上洛途中で本丸御殿に一泊しました。

西之丸と二之丸は直接行けず、大手馬出しを通る事で本丸への防御としていました。明治時代に本丸が離宮とされたので堀が埋められました。

1879年 明治維新後、山県有朋が名古屋城と姫路城の保存を決定します。

1930年 天守閣と御殿が国宝第一号に指定されますが、1945年の空襲により焼失しました。

お城の西側には、堀を内側に入れる事で道幅を狭くさせる事で防御をする「鵜の首」があります。

1930年 天守閣と御殿が国宝第一号に指定されますが、1945年の空襲により焼失しました。

そして新しい時代を迎える為の石垣修復で巨大な足場が組まれています。これはこれで圧巻です。徳川家康は武将としてだけでなく、有能なデベロッパーである事が分かる80分のキャスリングでした。

(おまけ①)

名古屋城から南に3キロの場所に、京都三十三間堂で開催する通し矢競技に、尾張徳川の威信をかけて練習した矢の練習場である矢場跡があります。この地名の由来となっています。

(おまけ②)近くには台湾ラーメンで有名な味仙矢場店や矢場とん本店があります。



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