キャスリング 北ノ庄城編

北陸本線福井駅西口から約400m、歩いて5分の所に北ノ庄城跡があります。

車の場合は、駅前なのでコインパーキングが周りにあります。私が停めた所は、60分300円でした。

1575年 柴田勝家が一向一揆を抑え越前を平定した際に、織田信長から越前49万石を与えられ自らの縄張りによって北ノ庄城を築城しました。

1581年 北ノ庄を訪ねたルイス・フロイスは「この城は甚だ立派で石瓦が一層美しい」報告しています。丸岡城同様に足羽山から採掘された凝灰岩の笏谷石(しゃくだにいし)の石瓦を用い、九層の巨大な天守閣は安土城を凌ぐ美しさと大きさだったと言われています。

現在は北ノ庄城址と柴田公園となっており、10分ぐらいで一回りできる公園です。入園と隣の資料館は無料です。

公園内には、柴田勝家の銅像と柴田神社があります。柴田勝家は、1568年勝竜寺城の戦い、1570年姉川の戦い、1573年一乗谷の戦い、1575年長篠の戦いを経て、北陸地方を任されます。その際の与力には、前田利家、佐々成政、不破光治など名高い武将が部下でした。

ある戦では、飲み水が残り少なくなってきたのをあえて水がめを割り、敵の目を欺き士気を高めた事から「瓶割り柴田」と呼ばれています。退路を断って突き進むその強さと勇気に、柴田勝家とお市が祀られた柴田神社でお参りをします。

石垣も残っていますが、大半は1600年結城秀康の福井城築城の際に取り除かれたそうです。

その後、北ノ庄の北の字が敗北の一字に使われるため、福が居るという意味で福井城と名前が変わったそうです。(諸説あり)

北ノ庄城のもう一つの見どころは、お市の方です。

1573年小谷城の戦いの際に、元夫である浅井長政が自刃し、お市の方と三姉妹は織田信長に引き渡されました。その後1582年にお市の方と柴田勝家は再婚します。

しかし同年の清州会議で関係が悪くなった豊臣秀吉と賤ヶ岳の戦いで柴田勝家とともにお市の方は自害します。

お市の方と三姉妹は、複雑な歴史に翻弄されますが、茶々は豊臣秀吉の側室となり、お江は福井県ニ代藩主松平忠直の正室になります。その後も様々な歴史を作っていきました。

16代藩主松平春嶽は、1890年に柴田神社を建造しました。

隣接した北ノ庄城資料館も過去の歴史が勉強でき、約30分ほどあれば見学できると思います。歴史に思いを馳せてみて下さい。



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