キャスリング 仙台城編(日本100名城)

仙台市営地下鉄大町西公園駅から南西に1.5キロ、23分歩くと仙台城跡があります。広瀬川を渡り大手町、三の丸など城下町から登城するルートがあります。

JR仙台駅西口からも15分~20分間隔で観光シティループバス「るーぷる仙台」で20分仙台城跡下車してすぐです。

車の場合は、仙台城跡有料駐車場に停めます(普通車400円です)この日は混雑を避ける為、開門8時前に来ましたが、既に4台ほど開門待ちでした。

お城の南側にあたる、駐車場行くまでの道が埋門跡となります。城外から入る為には2回折れなければならない構造になっています。そして護国神社の鳥居をくぐると駐車場です。

普通車150台停められる駐車場ですが、土日などは混雑すると思います。早い時間に行くか、仙台市博物館があります。但し、下から150m上る事になるので、じっくり見たい方や、体力に自信がある方は良いと思います。仙台城鳥瞰図を見て、お城の全体像を把握します。

青葉山には伊達氏以前から島津氏、国分氏が居城し、千代城と称していました。

南北に長く、南に竜ノ口渓谷、西に青葉山、北と南は崖と広瀬川と天然の要害を巧みに利用したお城だという事が分かります。

1601年 関ヶ原の戦い後、伊達正宗は徳川家康から普請が許可され築城を開始します。その際に、千代から仙臺(仙台)と改称し、1603年に入城します。

駐車場前には、本丸大広間跡があり、礎石が残っています。奥に進むと仙台城のシンボル、伊達正宗像です。

1616年 地震で石垣、櫓が崩壊します。

お城東側は、広瀬川の崖に囲われているので、崖造屋(懸造跡)がありました。構造は京都の清水寺本堂の舞台に類似した造りとされています。崖地なので仙台市内がよく見えます。

1636年 伊達正宗は、江戸桜田藩邸で死去しました。伊達忠宗が二代藩主となります。

崖沿いを南方向に歩くと巽櫓跡(南東)になり、三重櫓があったと言われています。1646年の地震で倒壊し、その後再建されていなかったと伝えられています。遠くには太平洋が見えます。東日本大震災を思い出します。

本丸には宮城県護国神社、土井晩翠像、荒城の月歌碑があります。荒城の月歌碑は、大分県の岡城、福島県の会津若松城にもありますが、どこがモデルというよりかは、色々なお城を見て地域の悲しさや歴史などを歌ったものだと思います。

本丸北側に行くと仙台城見聞館があります。ここに日本100名城スタンプがあります。仙台城の歴史や縄張りなど詳しく学べます。大広間にあった鳳凰の間の床部分が再現されています。

1668年 地震で本丸石垣が崩れます。

本丸の正門にあたる詰門跡です。絵図によれば、二階建てで両側に三重櫓があったとされています。

その詰門跡には、鳥居が建てられています。東日本大震災でも右側の石垣などが崩壊しました。仙台城の歴史は、地震の歴史ですね。

本丸の北側の石垣は見事です!が平成9年~16年に石垣修復をした際に、この石垣の裏側から二期の石垣が発掘されました。地震の度に修復が繰り返されました。

平成になって石垣の修復や積み直しはされていますが、現在の石垣は4代藩主の伊達綱村が構築した石垣です。

1868年 戊辰戦争で仙台藩が降伏します。

北石垣から詰門を横を通過し、本丸の北西石垣に向かうと趣が変わります。道が細く車もよく通るので気をつけて下さい。

駐車場を出て、帰り道は青葉山、東北大学キャンパスを通り市内に戻ります。途中で二の丸跡、大手門跡がありました。大手門跡には、大手門と脇櫓がありましたが、1945年の仙台空襲で焼失しました。現在は、脇櫓が再建されています。

いつも思いますが、地震と空襲と火災と廃城令で歴史的建造物が失われたのは残念ですが、それも含めて歴史なんですね。約80分のキャスリングでした。



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