キャスリング 湯築城編(日本100名城)

伊予鉄城南線道後公園駅のすぐ横に湯築城があります。道後温泉の一つ手前の駅でもあるので道後温泉からも歩いて5分ぐらいです。

車の場合は、湯築城の西にある道後公園西口駐車場があります。30分100円です。

1335年 伊予国の守護であった河野通盛が築城したと言われています。

西側の出入り口は道後公園正面のイメージでしたが、搦手門なので裏門にあたります。東が正門だとの文献があります。

南北約350m、東西約300mで平地の丘を二重の堀と土塁で囲った、戦国時代にしては珍しい形態です。

現在は土塁などあるものの公園になっており、その中に湯築城資料館があります。入館無料なのでここで勉強します。100名城スタンプやパンフレットも置いてありました。

1585年まで河野氏が治めていましたが、羽柴秀吉の命令で四国支配を目指していた小早川隆景の攻撃で城を明け渡しました。土塀や武家屋敷が忠実に復元されており整備されています。

その後福島正則が城主となりましたが、1602年に関ヶ原の戦いで武功をあげた加藤嘉明が勝山に松山城を築城しました。その際湯築城の瓦などが流用されたと言われています。

その当時の武家の暮らしが分かります。

武家屋敷は二つあり、こちらは建築で使われた釘やあおり止め、くさびなどが詳しく展示されています。

道後公園は観光客だけでなく、地元の人のお散歩コースにもなっています。

内堀の外側には、内堀土塁がありました。

道後温泉本館を造った、伊佐庭如矢氏が道後公園も整備しました。

日本最古の温泉と言われる道後温泉で、一千年使用されていた温泉の湧出口(湯釜)です。

奈良時代の750年頃に造られ、時宗の一遍上人が書いた「南無阿弥陀仏」が彫られています。明治27年まで使用されました。

坂道を上がっていくと一段上がった所に曲輪があり、杉ノ壇と名付けられています。鍛冶炉や鍛冶に関係する部品も出土しています。

湯築城では、最も高い所(標高71m)にある曲輪の本壇です。いずれも江戸時代以降に呼称です。上には展望台があります。

展望台に上ると案外高かったです。西の向こうには、勝山にそびえる松山城が見え、その向こうには伊予灘が見えます。

東側には、高縄山や石手寺があります。北側には道後温泉の旅館街が見えます。

下に下りて、お城の東側にある、外堀と内堀の距離が近い遮蔽土塁を見てみます。大手からの視線を遮ることと、上級武士居住区への侵入を阻む事が目的です。

大岩も土塁同様に防御の役割を果たしていました。

外堀の土塁の断面が見える展示室があります。

築造過程や構造などが分かります。

お城の東側半分は上級武士居住区でしたので庭園などがありました。

時間の関係で早歩きで、直径約400mの公園で約30分のキャスリングでした。

(おまけ)

湯築城から北西に800mの所に大黒屋道後店があります。うどん、釜飯が有名ですが、カレーうどんを食しました。お城を巡っておいしいご飯を食べる事は、なんとも幸せな事です。

(さらにおまけ)

湯築城から北に歩いて5分の所に、道後温泉の本館があります。日本最古のお湯につかって城巡りで疲れた体を癒して下さい。

松山城の城大工棟梁の家系である坂本又八郎が設計した三層楼の和と洋が融合した建築物も見物です。神の湯大人410円です。詳しくは、スパリング道後温泉をご覧下さい!



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