キャスリング 大溝城編

JR湖西線近江高島駅から東に400m、5分歩くと大溝城跡があります。

車の場合は、高島駅前にある高島市民病院の有料駐車場が近いです。

近江高島駅口の交差点には、高島ふれあい交流広場があり、大溝城の解説板があります。

道沿いには、大溝城三の丸跡の石碑や、城跡に通づる道の看板があります。看板が小さいので老人介護保険施設の陽光の里を目印にすると良いと思います。

施設沿いの小道を歩くと立派な石垣が見えてきます。あまり期待していないとちょっと感動します。

1579年 織田信長の高島侵攻に伴い、甥の織田信澄は、明智光秀の縄張りで大溝城を築城しました。(新庄城から異動)織田信長が安土城を築城した頃、琵琶湖の対岸を戦略上重要な地として、高島の治世を任せました。

1582年 本能寺の変で織田信長、織田信澄ともに討たれました。その後、丹羽長秀、加藤光泰、生駒親正、京極高次と城主が替わっていきます。

京極高次の正室お初(浅井三姉妹)は、大溝城で新婚生活を送りました。

大きな石の野面積みは高さこそ無いですが、迫力があります。

水城の面影として東側には琵琶湖と乙女が池があり、豊かな水を湛えています。

大溝城から北に500m歩くと大溝陣屋があります。京極高次が近江八幡へ異動になり、城主不在の時代になります。

1619年 分部光信が伊勢国上野城より異動となり2万石で入封しますが、一国一城令で破却されます。その後、三の丸に大溝陣屋を構え11代続いた後、明治維新を迎えました。

静かな近江高島にも戦国から続く時代のドラマがありました。30分のキャスリングでした。



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