キャスリング 大給城編

東海環状自動車道豊田松平インターから東に4キロ、車で10分走ると大給城跡の駐車場があります。国道301号から山道に入るので、看板を目安にして下さい。

国道を折れ2分ほど走ると8台ぐらい置けそうな駐車場があります。

駐車場から道路を上がり2分ほど歩くと階段が出てきます。

15世末 地元の土豪長坂新左衛門が居館を築造をし、その後、松平信光が攻め落としました。

松平信光の子、松平親忠に大給城を与え、親忠の子松平乗元とその子松平乗正が城郭として整備していきました。

看板に従って進んでいくと、道が二股に分かれます。

松平乗元を大給松平の始祖として、5代に渡り大給城を居城としていました。

山道を右に折れると、始祖の松平乗元の墓があります。

道を戻って奥に進むと縄張り図の看板があります。縄張り図で全体像を把握していきます。尾根づたいに攻める敵にの侵入を防ぐため堀切が設けられています。東側から入っていきます。

1590年 徳川家康の関東移封に伴い、大給松平氏は上野国那波藩に異動となり、大給城は廃城となりました。

花崗岩の巨石と石垣が融合し要塞化されています。

大給松平の子孫は、三河西尾藩、信州龍岡藩、豊後府内藩に及びました。

櫓台の石垣や虎口は、レトロ感があります。

主郭に向かいます。

広い主郭には、明治天皇碑や城址石碑があります。西側には巨石を利用した物見岩があります。ここから豊田市内や豊田スタジアム、遠くは鈴鹿山脈が見えます。

西側の虎口、北に周ると水の手曲輪があり、谷を利用した取水施設です。南には城主の館跡と思われる曲輪があります。

松平氏は系統が多いの覚えるのが大変ですが、大給松平氏は、譜代大名4家、数多くの旗本を輩出した家系でした。1.4キロ、約30分のキャスリングでした。



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