キャスリング 守口城編

京阪本線守口市駅から北に600m、8分歩いた所に、守口城跡の難宗寺があります。

車の場合は、近くにコインパーキングがあります。府道158号線沿いの模擬櫓らしき建物が目印です。

室町時代 築城者は定かではないですが、大内氏家臣の杉九郎とされています。

1399年 応永の乱では、守護大名の大内義弘の家臣が籠城していました。

畠山高政との戦いでは、三好長慶の本陣となり、1570年の石山合戦では、明智光秀の砦となりました。

1475年 難宗寺は蓮如上人が守口坊として建立しました。

1616年 守口宿は、東海道五十七次の五十七番目の宿場町として栄えました。難宗寺から西に30mの所に看板があります。

守口宿の看板から西に70m、住宅街に入った所は少し高台となっており文禄堤となります。

文禄堤は、豊臣秀吉が毛利輝元、小早川隆景、吉川広家に命じて、治水と京街道の整備を目的した淀川左岸の堤防です。

京都、大阪の間だけあって、遺構こそ少ないものの、交通の要衝として歴史が動いた地でした。20分のキャスリングでした。



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする