キャスリング 根来寺編

JR和歌山線岩出駅から北に5キロ、歩いて60分、車だと京奈和自動車道岩出根来インターから東に1キロ、3分走った所に根来寺があり、広い無料駐車場があります。

駐車場から歩いて3分入山料を払います。大人500円です。

1130年 空海以来の学僧と呼ばれた覚鑁(かくばん)が高野山にお堂を建て伝法院と呼んだ事から始まります。右の写真は1826年に建てられた大伝法堂で、大日如来様がいます。

鳥羽上皇は覚鑁を信仰し、荘園を寄付するなど手厚く保護しました。1134年覚鑁は金剛峰寺座主になり強大な勢力を誇るようになりました。

しかし高野山内の僧はこれに反対、焼き討ち事件が起こり現在の根来に移りました。

1547年に建てられた根本大塔です。真言密教の教義を形の上で端的に表したものです。国宝に指定され、高さ40mを誇る木造建築の大塔は日本最大です。写真では迫力が減りますが、行って頂くと大きさに圧倒されます。

1500年代後半には一大宗教都市となり、72万石を数え相当な力を持っていました。根来衆と呼ばれる1万の僧兵がおり、鉄砲も入手し軍事集団として織田信長と石山合戦に協力した事もあります。

1391年に建てられた大師堂です。真言宗をひらいた弘法大師様をお祀りし重要文化財に指定されています。

小牧・長久手の戦いでは、岸和田城合戦の際に根来衆、雑賀衆、粉河衆などが豊臣秀吉の留守を狙って岸和田城を攻めました。写真は、覚鑁上人のご廟所奥ノ院です。

本坊寺務所です。簡単な休憩やお土産、紀州徳川家ゆかりの庭園が楽しめます。

比叡山延暦寺や東大寺、金剛峰寺、根来寺は強大な寺社勢力であった為、織田信長、豊臣秀吉は脅威に思い高野山攻めや紀州征伐を行いました。

庭園を奥に進むと、光明殿、行者堂、聖天堂があります。庭園の風景が内外から見る事ができます。1585年秀吉軍は根来寺に到達し、大師堂、大塔を残して焼け落ちました。

鐘楼門を出て見学終了しました。根来寺の戦いでは僧による抵抗はほとんど無かったといわれ、焼き討ち、放火など色々な説があります。根来寺は400万㎡の広大な敷地でそこから出土した遺品などは根来寺駐車場横にある、岩出市立民俗資料館に展示されていますので、時間があったらここもお勧めです。豊臣根来軍記も展示されていました。

寺社勢力、巨大な荘園、治外法権などお寺そのものが脅威となる軍事勢力だった事が分かりました。ある意味ではお城の役割を果たしていたのですね。

(おまけ①)

車で岩出インターに戻る途中に、旧和歌山県議会議事堂があります。根来寺との共通入場券になっていますので、せっかくだから寄ってみましょう。重要文化財に指定され明治12年の和歌山県議会初代議長は「稲村の火」のモデルになった濱口儀兵衛さんです。

(おまけ②)

根来寺から車で10分、国道24号線沿いに和歌山ラーメンの丸田屋岩出本店があります。

和歌山ラーメンで好きなお店です。



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