キャスリング 佐倉城編(日本100名城)

京成本線佐倉駅から南西に1.5キロ、歩いて20分の所に佐倉城の入り口(自由広場)に着きます。
車の場合は、広大な無料の駐車場があります。今回は佐倉城の西側にある御三階駐車場からキャスリングスタートです!

佐倉城の地図があるので全体像を把握し、ルートを決めていきます。出丸部分の薬医門から入城します。まずは、本丸跡から攻めていきます。

佐倉城内にあったと伝えられる薬医門をくぐり、本丸跡に進んでいきます。

戦国時代、本佐倉城主千葉親胤の大叔父鹿島幹胤に築城を命じますが、暗殺されたので完成する事はありませんでした。

1610年 徳川家康の命を受け、土井利勝により築城され佐倉藩庁が置かれました。

散歩コースには程よくアップダウンがあります。細長い帯曲輪で西側を防備していました。

本丸跡に進むと台所門跡です。

台所門の北側には隅櫓跡があります。本丸跡の奥(南西側)には天守跡があります。

天守跡には、本丸御殿の配置図があります。現在は子供たちが野球をしてのんびりした風景です。

戦時中は歩兵57連隊が置かれていました。城跡には弾薬庫や陸軍病院などが置かれ遺構が散策できるようになっています。

昭和18年に兵士達がモッコクの木に彫った落書きが今でも残っており、「砲隊」と彫られています。

本丸跡の北側には、銅櫓跡があります。江戸城吹上庭内から太田道灌が造った櫓を移築したものと言われています。

本丸跡はうず高い土塁で囲い、その周りは、かなり深い堀切で防備を固めています。画像ではなかなか分かりにくいですが・・・。

土塁の上には、土塀を造り攻撃態勢を整えていました。本丸跡の東側には一の門跡があります。本丸への正門ですね。看板の写真を見ると、立派な門だという事が分かります。

一の門跡から南へ向かいます。正岡子規が佐倉に訪れた時に読んだ句碑があります。

本丸跡を出ると二の丸になります。二の丸には佐倉藩の役所が置かれていました。

佐倉藩は土井家の後、石川家→松平家(形原)→堀田家→松平家(大給)→大久保家→戸田家→稲葉家→松平家(大給)→堀田家と目まぐるしく変わります。

二の門跡を出ると三の丸です。

下総佐倉藩5代藩主の堀田正睦の銅像があります。攘夷鎖国は時代錯誤で開国派として老中になった際には、ハリスと日米修好通商条約を進めていきます。その後、安政の大獄や桜田門外の変など情勢が大きく変わっていきました。

空堀で各曲輪を防備しています。現在は猫侍が・・・守っています。城と言えば猫ですね。

三の門跡を出ると城外になり、メインの駐車場がある自由広場まで来ました。

自由広場に一角に佐倉城址公園センターがあり、日本100名城スタンプが置いてあります。

スタンプの他にも、城郭模型や城郭絵図、航空写真があり、まずここに入るべきでした。

特に航空写真は、佐倉城一帯は地形を活かした要塞である事が分かります。

駐車場に戻る為に、城址公園の入り口から入城し直します。

お城の西側には、富士山や東京スカイツリーが見える場所があります。お城の南側には綺麗な土塁の城南堤があります。佐倉城と言われるだけあって、桜の季節にも来てみたいぐらい桜も多く植えられています。約60分のキャスリングでした。



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