キャスリング 長浜城編

JR北陸本線長浜駅から西に100m歩くと豊公園内に長浜城があります。

車の場合は、テニスコートの南側に無料の広大な駐車場があります。

長浜駅東口には、豊臣秀吉と石田三成との出会いの像があります。駅西口は内堀通りにあたります。

駅から歩いて広い道路を横断すると豊公園です。長浜城は模擬天守で長浜城歴史博物館という名称です。

1573年 姉川の戦い、小谷城の戦いの戦功をえた羽柴秀吉は、織田信長から浅井氏の領地を与えられ、長浜城を築城しました。小谷城や竹生島の材木を転用したと言われています。

1582年 本能寺の変で織田信長が亡くなると清州会議が開かれ、柴田勝家の甥で柴田勝豊が入城しますが、羽柴秀吉から攻められ明け渡します。

1583年 賤ヶ岳の戦いで羽柴秀吉は柴田勝家をやぶり、山内一豊が入城します。

城内は資料館になっており、特に築城時の模型は素晴らしいです。館内の写真撮影は禁止なので、画像がありません。天守からの眺めは西に琵琶湖、東に伊吹山地と交通の要衝でありながら、琵琶湖の水運をうまく活用していきました。

1606年 内藤信成が城主となり長浜藩を治めます。

1615年 大坂の陣の後、内藤氏は摂津高槻藩に異動となり、長浜城は廃城となりました。建築資材は彦根城に転用され、彦根城の天秤櫓は長浜城からの移築だと言われています。

長浜市内にある大通寺の台所門は、長浜城の大手門だと言われています。大通寺のレポートはおまけで紹介します。30分のキャスリングでした。

(おまけ)

長浜城から歩いて黒壁スクエアに向かう途中には、長浜城大手門跡があります。

大手門がある大通寺は長浜駅から東に900mで歩いて12分ぐらいです。大通寺の参道にでました。

大通寺の山門の附山廊は見事な透かし彫りで1840年に完成しました。

1602年 教如上人は、東本願寺の別院として徳川家康から分立の許可を得て、旧長浜城内に建立しました。

伏見城から移築されたとされる重要文化財の大広間の違い棚や付書院など見どころがあります。

岸駒(がんく)の金地墨画梅の図は傑作です。伊吹山を借景にした枯山水も見物です。

狩野永岳(かのうえいがく)による琴棋書画図(きんきしょがず)、杉戸絵の蔦に雉子図です。長浜城の遺構は少ないですが、ここは長浜城と伏見城の歴史が感じられる穴場でした。



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