キャスリング 引田城編(続日本100名城)

JR高徳線引田駅から北に1.2キロ、17分歩くと引田城跡があります。

車の場合は、高松自動車道引田インターから北東に3.5ロ、約15分で着きます。登城口あたりに車が3台ぐらい置けそうなスペースがありました。

2台の先客がいたので私も車を停めさせてもらいました。幟旗を見るとテンション上がります。

続日本100名城スタンプは、讃州井筒屋敷(水曜休館)または引田公民館(火曜休館)にあります。

1467年頃 国人の寒川氏が引田を所領としました。

1504年頃から信濃国から入った四宮右近が寒川氏に属して引田城を居城としました。阿波三好氏と戦っていたようです。

案内板の下には引田城のガイドマップがあります。ありがたいですね!地図を見ながら全体像を把握してキャスリングスタートです!

1570年 寒川氏を破り、阿波三好氏の家臣、矢野駿河守が引田城主となります。

スタートから150m、約3分で海が見えてきました。比較的登りやすい印象です。本丸まで410mです。

1582年 土佐の長宗我部氏の阿波・讃岐攻めが本格化します。

本丸まで70m手前に本丸石垣があります。城山周辺の砂岩や礫岩でできています。生駒氏の頃に築かれたそうです。

本丸石垣から奥に進むと長細い本丸跡があります。

1583年 羽柴秀吉が阿波国洲本城の仙石秀久を讃岐に派遣し、家臣の森志摩守を引田城に入れました。長宗我部軍と仙石軍が戦い仙石軍が敗戦します。しかし、秀吉は最終的に四国を平定し、仙石秀久が入城します。

本丸ではなく、まずは北二の丸に向かいました。見どころとして北二の丸の石垣は上段、下段に分かれ高石垣だそうですが、崩落防止の為カバーがかかっていました。残念・・・。

パネルの写真がありましたが、なるほど立派な石垣です!

1587年 生駒親正は豊臣秀吉から讃岐国を与えられ、播磨国赤穂から引田に入りましたが、讃岐の東部寄りだったので、宇多津、高松に移りました。

北二の丸から東の丸を抜けて引田鼻灯台まで10分ぐらいです。穏やかな瀬戸内海です。

引田鼻灯台から化粧池を抜けて一周しようと思っていましたが、道に迷い引き返しました。本丸まで戻り天守台を目指しました。

1615年 一国一城令で廃城になります。約250年後の1863年の異国船警備に為に、城山に狼煙台が設けられました。

山城では比較的歩きやすく、気軽にハイキングできるお城で、約2キロ、33分のキャスリングでした。

国道11号線沿いの引田公民館に寄り、続日本100名城スタンプを押印しました。県道1号線の大坂峠からの眺めでは、引田の半島が突き出ているのが分かります。

(おまけ)

帰りに徳島に寄り、いのたにで徳島ラーメンを食べました。引田城から国道11号線で鳴門方面へ27キロ、40分で着きました。



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