キャスリング 菅谷館(続日本100名城)

東武東上線武蔵嵐山駅から南に1.3キロ、15分歩くと菅谷館と埼玉県立嵐山史跡の博物館があります。

車の場合は、関越自動車道東松山インターから、国道254号線を北に5.4キロ、11分ぐらいで、254号線沿いの嵐山史跡の博物館駐車場があります。無料の駐車場は20台ぐらい停められそうでした。北に15分で杉山城、西に12分で小倉城があるので、一辺に城巡りするのも便利です。

まずは嵐山史跡の博物館で、続日本100名城のスタンプを押し、無料の展示コーナーで事前学習しましょう。埼玉県北部地域には、鉢形城から杉山城、松山城、菅谷館、河越城、など城郭ネットワークが築かれており、山内上杉氏と扇谷上杉氏の攻防が続いていましたが、後北条氏が勢力を拡大していきました。

この地域は比企郡(ひきぐん)と言い、比企郡地域の城郭群の歴史年表を見て頭を整理します。鉢形城や松山城などの歴史が通じています。博物館を出た芝生の広場は三ノ郭です。

鎌倉街道の要衝にある菅谷館は、鎌倉幕府の有力御家人の畠山重忠が居住していたのが始まりとされています。

1488年 菅谷館近くにて、山内上杉氏と扇谷上杉氏の攻防が行われ(須賀谷原合戦)山内上杉方の太田資康が、扇谷上杉氏の河越城に対するおさえとして菅谷館を再興させました。

比較的平坦なお城で周りやすいです。地域の方の散歩コースになっています。

菅谷館を造ったとされる畠山重忠の像があります。

二ノ郭から南に進むと本郭があります。その間には堀と土橋になっています。

本郭から東を見た方向が大手門になります。南には南郭があります。

南郭から二ノ郭をぐるりと周ると資料館方向に戻れます。

16世紀末までは、山内上杉氏が居館として使い、1546年の河越夜戦以降は後北条氏が使用しました。杉山城同様に後北条氏の特徴である城郭ですが、発掘調査では後北条氏時代の遺物が出土しておらず、後北条氏が入る前に廃城になっている可能性があります。まだ解明されていない部分があるのも含めて歴史のロマンを感じます。40分のキャスリングでした。



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